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至高のあなたは指向の都合で恋愛対象、嗜好に正直な生活をして死ぬまでラブラブ志向!!! |「LGBTの権利を守ること」は「セックスの趣味を認めさせること」???

散々「同性愛はセックスの趣味」「レズはアダルトのジャンル」「性的嗜好を社会に認めろなんて図々しい」みたいなことを言われ続けて、思うところがあるので、今回のたとえ話はセックスの話にしますね。


〔問〕
ここに含まれる「シコウ」は何ですか?




〔A〕
「激しいセックスしたい」
に含まれる
“シコウ”

「すっっごい激しいセックスしたい」というのは、セックスの方法に関する趣味、つまり『嗜好』です。

現実的には「そういう趣味じゃないけど、激しめの行為に興味があるから試したい」(=試した結果、激しい行為を嫌う可能性もまだある)ということも考えられますから、必ずしも『嗜好』と断定できるものではないのですが、この例において「この女性は・この相手とセックスする場合・激しめが好き」と前提した場合、「ここに当てはまる“シコウ”は、どのシコウ?」という問いかけであれば、『嗜好』が適切です。

…ですが、もしこの二人が「激しくても絶対に一瞬も痛くなくてちゃんと常に気持ちいいセックスを追求しよう」という“意志”をもって行為の質を高めようとしているのであれば『志向』でも不正解というわけではないでしょう。「嗜好の質を高める志向」みたいなことですね。(ただし、誰もがそういう『志向』をしているとは限りません。激しめが好きという『嗜好』だとしても、相手のために・お互いのために実現したい目的をもって研究を重ねる人ばかりではありませんから、『志向』していない人に『志向』を使うのは不適切です。独り善がり的な用法で「俺は相手がどうだろうと自分の気持ちよさ優先!高速で激しいフィニッシュ志向!」みたいな言い方は成立するかもしれないですけどね。)

さて、この二人は女性同士・同性同士ですね。
二人とも自認している性別が女性であり、二人ともレズビアンであるという前提のもとでは、

「すっっごい激しいセックスしたい」相思相愛の相手が同性であることは、性的な『指向』です。

この部分は『嗜好』ではありません。
(「自分は異性愛者のはずだが、たまたま人間的に好きになって恋愛のような関係になった相手が同性だった」という場合はこの限りではありませんが、当人たちが「自分はレズビアンだ」と自覚している場合は『指向』で間違いありません。)

セクシャリティに関して言う『性的指向』は「セックスできる性別」とか「セックスの趣味の許容範囲」という意味ではなく、「異性愛者が恋愛感情を抱く相手は同性ではなく異性です」という部分のことです。ですから、「俺は異性愛者の男だから男性に恋愛感情はない」というのは『指向』であり、しかし同一人物が「でも同性とのセックスには興味あるんだよね」とか「ゲイAVを観ると興奮する」と言うのであれば、(セクシャリティに迷いがあるわけではなく、本当に単純な快楽への興味だとしたら、)(“シコウ”という同音語の中からしか選べないのであれば、)この部分は『嗜好』でしょう。


〔B〕
「あなたみたいな
年上のおねえさん」
に含まれる
“シコウ”

じゃあ「あなたみたいな年上のおねえさん」というのはどうでしょう?

この、「年上」の部分がややこしくて、
たとえば

“年上の女性にしか性愛の感覚を持てない”のであれば『指向』に当該する範囲かも

しれません。

また、“相手が年上のおねえさんだから”という理由で「年上のおねえさん」と言っただけ(事実を述べただけ)なら、『嗜好』と呼ぶのは違います。(わざわざ事実を述べること自体は『コミュニケーション方法の嗜好』と呼べるかもしれませんが。)

こういう言い回しが好きで言ったなら『語感の嗜好』のようなもの

だと思います。

また、ここでも

二人ともレズビアンであるという前提のもとで生じる「おねえさん(と性的なことをしたい)」という発想は、『指向』によるもの

です。

少し話が逸れますが、(誰から見ても成人に見える筈という盲信はしていませんが)この絵は二人とも成人を想定して描いたもので、その上で「年上のおねえさん」と表現しています。なので、社会的な差し支えは(おそらく)ないと思いますが、これがもし“年下の女性にしか性愛の感覚を持てない”という『指向』のようなものだった場合、その矛先が未成年に向くのであれば、たとえ『指向』のようなものだとしても大人の性愛を未成年に対して優先させるべきではありません。(「LGBTを認めるならロリコンの人権も認めろ!」というドサクサをちょこちょこ見掛けますが、仮にどうしようもない『指向』だとして、“存在を認められ権利を守られること”は、“自分好みの性的対象を社会が恙無く提供してくれることではありません”し、性の対象を自由に消費して良い理由にもなりません。また、実際は成人女性に対して欲情する=たとえば「生で好きなだけしていい」と言われたらどちらかと言えば嬉々として性行為に臨む性質を持っているにもかかわらず、征服欲・自由に支配できるイメージ・自分好みに育てられそうな夢想などによって未成年・子供との性的な接触を望むような場合や、「より若いほうがいいから」「“ババア”は価値がないから」という価値観によってターゲットの年齢を下げていった末のことであれば、それは『性的指向』ではなく“何を性的に消費するか”の『嗜好』ですし、そうした『嗜好』を際限なく愉しむための「これは『指向』だからしょうがない!」という主張に『指向』という言葉が動員されていく様子も散見されます。)
成人になっても成熟した判断力というのはなかなか身につかないものですが、未成年者は年齢が下がれば下がるほど、取れる自己責任の質量の少なさ、判断にあたっての情報量の不足、将来的に悔やむリスク、社会における権力勾配への無頓着、大人に対する無垢な信頼感など、決して「大人と対等」とは呼べない条件が増えていきます。子供に性の矛先を向ける場合、「対等な関係をもって相手の正確な合意を取る」ということは、実質不可能です。子供の意思を信じ尊重することは重要ですが、子供の「うん」「いいよ」「わかった」「はい」を大人の都合を押し通すために利用すべきではありません。
誰かを搾取しなければ成立しない行為への欲求、対等な合意が難しい相手への性的な欲求は、相手が最低限すこやかに生きる基本的な権利を侵害します。

実際のところ(「自分たちの権利が奪われてLGBTが優先されてトクをする!」「同性愛を認めたら性犯罪がはびこる!」と勘違いする人がいるとしても、)「同性愛者の存在を理解してくれ!異性愛者と同等で平等な権利を認めてくれ!」という主張の結果は誰のことも搾取しません。
だけど、たとえば「同性愛は社会的に認められたから、お前が異性愛者だとしてもゲイの俺と付き合え!お前とヤれなかったら俺が恋愛を自由に楽しむ権利はどうなるんだ!」というのは相手の平穏を奪わないと成立しませんよね。
公的に存在や平等な権利が認められることと、個の願望がなんでも叶うかは別問題ですし、『嗜好』だろうが『指向』だろうが、相手のある性的なことは必ず、心からの合意が取れる範囲の相手とだけ、というのは鉄則です。

人権(何かすごい汚い利権のように勘違いしている人や、自分の気分が害されず自分の嗜好が何でも認められる権利と勘違いしている人もいますが、イメージしているものがむしろ逆です。たとえば何かすごい汚い利権に生活を侵害されたり、たとえば「お客様は神様なのに私の欲しいものが売り切れだった!気分を害した!わざわざ来たのにどうしてくれるんだ!責任を取れ!」とか「あいつとやったなら俺にもやらせろ!俺はお前が好きなのに何故受け入れないんだ!俺の愛を認めろ!」と言いがかりをつけられたり、そういう困り事に晒される可能性のある世界で、迫害されることなく、すこやかに生きていけるように定められている、地味だけど大事な約束事であって、身勝手な自由を謳歌して人生をワガママで派手にエンジョイできるよう設定されているプラスαのチケットではありません。)を尊重する『志向』でいきたいですね。


『志向』と『指向』

『志向』と『指向』、どちらを書いても差し支えない文脈もありますが、『志向』は「志(こころざし)が向く」と書く通り、意志を伴って自覚的に目標などに向かうことを指します。プロを目指していることを「プロ志向」とか言いますよね。それに対して『指向』は積極的意志の有無を問わない、その傾向・方角(必ずしも「目的」「目標」ではない)に向かっていくことを指す場合が多いと思います。

以前書いた記事で「たまたま同性愛者に生まれただけ」と「たまたま同性を好きになっちゃっただけ」の違いについて簡単に説明しましたが、明確な意志をもって同性愛を志向したのでなければ、「たまたま同性愛者だった」=性愛の矛先が自然と同性に向くわけですから『指向』というのが適切と私は考えています。

「同性婚志向」とかなら「結婚というゴールを目指している」個別のケースとして『志向』でも差し支えないかもしれませんが、「同性愛者にも平等な権利を」という発想が内包されているならその根源は『性的指向』に関わることであって、(選択的に同性の伴侶を選んだとかじゃなければ、多くの場合)「同性愛者になるぞー!」などと『同性愛志向』したわけではありません。

『嗜好』と『指向』

ネガティブな文脈かポジティブな文脈かを問わず、同性愛者に対して『性的嗜好』という言葉を使うケース(「LGBTという性的嗜好を認めるならSM趣味を認めろ!」「嗜好は自由なんだからLGBTを認めるべき!他人の趣味をとやかく言うな」みたいな言説ですね)を見かけますが、相手のセクシャリティに対することであれば誤りです。趣味ではありません。

趣味のほうは、「嗜好品」という言葉に使うタイプの“シコウ”ですね。好きな食べ物や、酒煙草の類いなんかで使うことが多いと思います。

「恋愛の嗜好」とか「異性の嗜好」みたいな使い方もありますが、これは「どんな人がタイプ?」ということであって、「あなたが恋をする相手の性別は何?」みたいなことではありません。
たとえば「食べ物の趣味が合って、俺の作った料理をガツガツ食べる女性が好き」とか「結婚するなら私と同じで、車やモータースポーツ好きな男性がいいな」とか、そういうのが(“シコウ”という音を持つ言葉の中から選ぶなら)『嗜好』と呼ぶのに適切だと思います。

私は同性愛者ですが「異性の嗜好」は答えられます。言葉を言葉通りに取るのであれば「仕草や造形や精神性が素敵と思った男性アイドル」や「一緒に遊んで楽しい異性の友人の条件」とかを答えればいいわけですから。
「恋愛対象は異性なのが当たり前」という世界では「異性の好み」と言えば「イコール恋愛の好み」という不文律があるかもしれませんが。

ちなみに私は二次元の異性の嗜好なら田亀源五郎先生の描く感じの男性、すごくグッときます。(欲情するような感覚はまったくありません。)
三次元だと韓流アイドルって感じの男の子を見てるのが好きですけど、これも性的な感覚は全然ないです。異性愛者の女性が性的な感覚を一切抜きにしてAKB48やPerfumeのメンバーを応援したり「可愛い!」って言っているのと同じ感覚だと思います。

同性愛者に『嗜好』という言葉を使うのが適切なケースがあるとすれば、…たとえば「同級生の女の子に放課後の図書室で襲われて顔を赤らめる女子高生が出てくるエッチな百合漫画をレズビアンが読んで喜んでいる状態」とかは『性的嗜好』と呼ぶに相応しいかもしれないですね。これは「女子高生のエッチな漫画を読むのが好き(=嗜好)な、異性愛者(=指向)の男性」と等しい状態だと思います。ただ、“自分と同性であること・女性同士であることを必須条件とした自己投影や共感”がそこにある場合は女性同性愛者であるという『指向』が由来しているとも言えるでしょう。
「可愛い子がイチャイチャしてるところに萌える」というのは必ずしも『指向』に由来するものではなく、同性愛者特有の現象ではありません。もちろん「男女が幸せそうにいちゃいちゃしてるのを見てるのが好き」という同性愛者も居ます。
私も、(ネタを加工してフィクション化するかノンフィクションのままにするかは問わず)自分の恋愛を物語として描(書)きますが、私の場合は『性的指向』の都合上“自分が同性愛者だったから”同性愛のマンガになるだけで、いわゆる百合漫画やレズビアンが出てくる作品を積極的に摂取する『趣味嗜好』は特にありません。同じ時間を割くなら百合漫画を読むより、球場で生観戦するより、家か飲食店でプロ野球中継を観るほうが楽しいです。百合漫画やレズビアンが主人公の映画などを『嗜好』として摂取し、なおかつ自分自身も『指向』はレズビアンだ、という人とは趣味が違う、ということですね。恐らく私の『性的指向』が異性愛だったなら、私は異性愛の漫画を描くのだと思います。
『指向』と『嗜好』が必ずしも合致するとは限りません。


「嗜好」って言われると悲しい

「性的な趣味まで優遇し配慮すべきか」「LGBTは俺のSM趣味も配慮するために戦ってくれんの?(笑)」「アブノーマルな趣味に政治を持ち込むな!」みたいな話がコロコロ巷に転がってるので、辞書的な意味で説明することの限界を感じてるんですが、(いや、「辞書で納得してくれよ」って感じなんですけど正直…。)それにしても混同されすぎでは?と思って驚いています。
混同しているわけではなくて「趣味だろう」と本気で思ってらっしゃる方や「LGBTはセックスの趣味という方向にして、LGBTに“過度な支援”が行く流れを黙殺したい」という意図を持った人もあるかもな〜…とは思うんですけど、そうじゃなくて本当に混同してるだけの人には早く気づいてもらえるとありがたいな。

やっぱ悲しいっていうか、ガクッと来ますからね。自分の選んだ大事な人を愛していくことを「趣味」「嗜好」「性的嗜好(セックスの趣味)」って言われるの。

お互いの体を労(いた)わったり、仕事から帰った相手を労(ねぎら)ったり、食事を作り合ったり、食事を作ってもらったから洗い物を全部やったり、相手が寝ている間に代わりにゴミを捨てにいったり、お昼寝している間に今晩気持ちよくお風呂に入れるように掃除を済ませてくれてあったり、お風呂に入った後どちらかが眠そうにしてるとどちらかが髪を乾かしてくれるとか、ゴロゴロしているだけで耳の掃除が完了するとか、ケンカしてしまっても向き合い直して丁寧にお互いの話を聞いていくこととか、相手が寝返りを打つたびに自然に起きて寝苦しい体勢になっていないか確認したり、軽く一回咳き込んだだけで必ず起きて背中をさすったり、よくないことをしてしまった時は叱って、叱るけどその上で味方でいてくれたり、彼女が一番好きなお酒の銘柄を知っててスーパーで見掛けると買ってあげようか悩むとか、寝顔を見てるだけで愛おしくて涙が出たり、そういうのってアブノーマルなセックスの趣味じゃないでしょう?ノーマルな愛情じゃないですか?

だから私は「嗜好」って呼ばれるたびに、ちょっと削られたような気持ちになるんです。「嗜好」じゃないんだよー。よろしくねー!!


おさらい


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