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ひとふで小説|11-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[XI]


これまでのお話:[I]〜[収録マガジン]


XI

 今この瞬間も、人の世の何処かは魔族と攻防している…ということなど、すっかり忘れてしまいそうなくらい賑わった城下町を歩きながらも、擦れ違う者たちが担ぐ物々しい武具が目に入ると、世界が災禍の真っ只中にあることに気づき直す。それでも所々の店から漂ってくる料理の匂いによって生命の躍動を感じるほど食欲を刺激されるのだから、人の体は世界の事情と、とことん関係がないのだろう。
 二人は、嗅いだことのない香辛料に心惹かれていた。

 ふと、これまで擦れ違った武具を持つすべての者が屈強な男たちであることに気づいたターレデは、初めて我が家の湯場にヴァンダレを招いた時のことを思い出した。あの日ヴァンダレは、
「いつか我が家に戻った時に、腕は失くす、身の世話もできぬ、一体何をしに出て行ったのかと叱られてしまいます」
 などと言ったが、腕を失うまで戦い抜いた娘を蔑む親があるだろうか、というのがターレデの正直な感想だった。男も女もなく、適性が有るか意欲は有るかが事の総て、ある女は狩猟具を担ぎ山を駆け、ある男は米を研いで赤子を見守る村で育ったターレデにとって、ヴァンダレの話は信じられない質のものだったが、
「私が男児ならば片腕と引き換えに世界に尽くした名誉の証を手に入れて、従者が増えるのでしょうが」
 というのはつまり、ゴタンダールでは、或いは、まだ見ぬ世界じゅうの華やかな街々では男と女にそれぞれ役割が与えられており、女はなるべく武具を纏わぬ人生を勧められるのかもしれない、と薄々考えた。そういえば、シオの相棒たちの弔いを終えたあと、ヴァンダレは、
「私たち女は、男と異なる役目を負っている」
 とも言っていたし、そのように思い返せば、この城下町に着いてからというもの、人々が自分たちを振り返る理由も見えてくる。この街では、女の剣士が珍しいのかもしれなかった。
 この城下町に着いてからというもの、人々の全員が、と言ってよいほどにシオとターレデを振り返るのだ。

「ねえターレデ、お腹すいたよー」
 シオは甘えたようにターレデの腕に両手で飛びついた。
「そうだねえ。でも、腕の良い護衛さんはすぐに依頼を受けてしまうだろうから、少しでも早く当たってみたほうがいいんじゃないかしら。どうせここまで空腹なのだから、もうしばらく耐えても死にはしないわよ」
 ターレデは笑みを口元に湛えながらシオの手をほどこうとしたが、シオはめげることなく、ターレデの腕に体の重みを掛けている。背丈のない子供だったらきっとぶら下がってきたところだろう。
「ちーがーうーよーターレデ〜!私は死ぬ心配をしてるんじゃなくて、お腹が空いたの!生きてるけど、お腹はすくわけ!」
「はいはい。ヴァンダレ様の故郷でヴァンダレ様に頂いた紋章を提げたまま駄駄を捏ねるんじゃないよ。それに、食糧なら袋に干し肉と干し野菜があるでしょう?」
「…うんー…」
 ターレデが口にしたのは真っ当な意見だが、つまらなかったシオはわざと大きく溜息をついてから口を真一文字に閉じてみせた。半歩先を歩きながら街を見回していたターレデは、シオの不機嫌な顔を見ずに済んだ。

「護衛を探してるのかい?へえ、アゲアの村って言ったら随分遠くの山の上じゃないの。偉いこったね。そうだあね、ふつう依頼を受ける時は酒場に居るじゃあないかしらねえ」
 通りすがりの女に尋ねると親切に酒場の前まで連れて行ってくれたので、ゴタンダールには世話焼きで親切な人が多いのかもしれないと思ったターレデとシオは、期待に胸を膨らませて酒場を覗きに行った。
「ふあーっはははははは!そんな寂れた場所に行くような奴がわざわざゴタンダールで仕事を探すわけがないだろう!」
 どの護衛も皆、職が決まっているわけでもないのに、村の場所を聞いて、口々に二人を笑い飛ばした。
「行ったとして、その山奥から誰が俺の名声をゴタンダールまで届けてくれるんだ?」
 多くの護衛たちは、護衛として名を上げて大国の貴族に雇われることを望んでいるらしい、という現実の遣り繰りを、シオは勿論、ターレデもここで初めて知った。仕事を求めて控えている護衛の中には、
「一緒に村に帰って俺の女として奉仕を続けるならば検討してやる」
 といった者もあったので、ターレデがきっぱり断ると、
「誰がお前のような色気のない女を抱くものか」
 と、拒絶を上から塗り替えるように断られ直した。円卓を囲んで大笑いしている護衛たちに酒と焼き魚を運んできた酒場の若い女たちも一緒になって笑っていた。
 意外だったのは、酒場に入ってみると幾人か剣士や武闘家と思しき女たちが居たことだ。先ほど街を歩いた時は剣を携えた女や、魔族と戦えそうな女とは一人もすれ違わなかったので、てっきり戦える女が珍しいものかと思い込んでしまったが、案外そうでもないらしい。考えてみれば夕餉の頃合いだ。多くの人が街をうろついていなかっただけかもしれない。
 だとすれば城下町に着いてから人々が自分たちを振り返るのはもしかすると、二人があまりにも田舎じみた、見窄らしい格好をしているからかもしれない。途端にターレデは鋭い羞恥に苛まれた。

 剣士や武闘家の女は店の奥まった場所で護衛の男たちと酒を酌み交わしていたので、声を掛けようにも辿り着けなかった。酒場の主人に尋ねると、
「我が店自慢の闘士たちだ。あいつらは高いから、あんたたちじゃ雇えないよ」
 と言う。店の雇った用心棒であれば、どのみち遠く離れた村の護衛は頼めない。結局、誰もターレデとシオが持ち込んだ仕事には見向きもしなかった。提げた剣を、
「飾りにされては剣が泣く」
 と罵られたとき、我慢は限界に達し、二人は酒場をあとにした。背後からは相変わらず大きな笑い声が聞こえ、少しだけ振り返ると、こちらを指さしているのが見えた。

 シオもターレデも、ただの村娘だった自分を拒むことなく剣門に導いてくれた高貴で高潔なヴァンダレの温かみを想い、酒場で笑われてからずっと、剣に彫られた紋章を手で覆って歩いている。ヴァンダレが彫ってくれた、剣門の紋章だ。お互い申し合わせたわけでもなければ、そもそも同じことをしていることにさえ気づいていなかったが、とにかくヴァンダレの剣技を引き継ぐ者として、ヴァンダレの門徒の姿のまま蔑まれることだけは嫌だった。飾りではない、飾りではない、と言い聞かせて歩く。
 篝火に照らされた表通りでは気づかなかったが、ゴタンダールの裏通りの夜風は思いのほか冷たかった。

「なかなかうまくいかないね。お城のある街はもっと、私たちの村よりも自由なところだと思っていたし、みんなもっと、優しくて品があるのかなって、思ってたよ」
 シオは口を尖らせながら軽やかな口調で言ってみる。表情も語り口もどこか真剣味を帯びていないのは勿論わざとで、あんな蔑みなど意に介さないのだと証明するためでもあった。ターレデは眉根を少しばかり顰めながら、困ったような、悲しんでいるような顔をした。
「いいのよシオ、嫌だった時は強がる必要なんかないわ。あんな言われ方、嫌だし酷いじゃないの。私たちが何をしたって言うの。場所の折り合いがつかないならただ、遠くでは働けない、とだけ言えばいいのに。…まあいいわ、私たちの話を聞いてくれる良い護衛の方がいらっしゃるかもしれないし…!明日からは仕事でも探しながら、しばらくゴタンダールに留まりましょう。ね?」
「うん!」

 気を取り直したシオとターレデは笑顔で安宿に向かい、あっという間に夜空の下へ戻ってきた。空いた寝台はもうないと断られてしまったのだ。大きな城下町の宿は急に取ろうとしても満床になっていることが殆どだと宿屋の女将が教えてくれた。併せて、毎年訪れる旅団が今朝がた到着したばかりだから当面空きの出る予定はない、ということも。
 シオとターレデの識る宿屋と言えば、ヴァンダレをターレデの家に連れてきたあの宿屋だけだった。改築の最中に訪れたヴァンダレほど特殊な状況でなければ、いまだかつて泊まれない旅人など見たことがない。旅客がほとんど無いからこそ、宿屋の主人も改築を始められたのだ。いつでも泊まれる宿屋は、もしかすると田舎にしかないのかもしれなかった。
 豪奢な宿には空きがあったが、二人の手に負える宿代ではない。 宿屋の女将の助言に従って教会に行ってみたが、既に他所から訪れた旅人たちで寝台はおろか長椅子も床も満杯だった。

 いよいよゆくところがない。通りすがりにあった料理屋では聞いたことのない料理に見たこともない高値がつけられており、驚いた二人は慌てて店を離れた。陽気な音楽が建物に背を向けた二人の横を追い抜いて、夜風に溶けていく。
「外で聞こえた音楽は料理屋さんのものだったんだね」
 シオが気丈に微笑んだ。

 ど、っと疲れが出た二人は石段に腰を下ろして、改めて途方に暮れた。石段に寄りかかるようにして半ば仰向けになって夜空を見上げると、視界のどこかに必ず、何かが入ってくる。酒場の看板であったり、宿屋の棟であったり。夜風に棚引く国旗であったり。街頭に美しく植えられた樹であったり。煌めく篝火であったり。いずれも二人にとっては感動を覚えるほどに上等な事物であるのだが、とにかく、ブーラの集落と同じ夜空だけを見ることは叶わなかった。ゴタンダールの空は城壁で切り取られ、飾り立てられている。
 故郷から随分遠くまで来た。

 長旅を経たターレデの首や肩は、ひどく凝っている。だから仰向けになって石段に凭れたとき、首の、ちょうど、頭の付け根のあたりに石段の角が食い込んでくれて、思わず軽快な溜息をついた。不意に張り詰めた筋をほぐされる快感を得たのでよろこんだのだが、まだ二十歳のシオが感じる旅の疲れとは異質かも知れなかったので、このことは黙っていた。
 シオは一晩しっかり眠れば元気になるだろうが、自分は向こう三日四日も怠い日が続くはずだと思うと暗澹とした気分になる。
 二十九歳、ゴタンダールに生まれ落ちてもやはり結婚を急かされるのであろうか。
 シオは十年経っても出会った頃のヴァンダレと同い年。一方自分は、あと十年経った時、今と変わらぬ剣の扱いができるのだろうか。得体の知れない不安が、日毎夜毎増えていく。

 ふと、視界から夜空を遮るように、二人を覗き込む者が現れた。
「失礼、通りたいのですが」

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つづく


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 元は具合悪くて寝込んでいた時に、調子が悪くても寝ながらでも物語作りの傍に居られないもんだろうか…みたいな気持ちでスマホのテキストアプリに書き始めました。ラストも何も決まっていないので、正直ちゃんと終わるかどうかも分かりません。敢えて先の展開を考えないライブ感優先でやっていて、人物たちが最後どうなるのかを私ですら知りません。挿絵もこまかい手の隙を活用して、ご飯を食べながらとか寝る前に、深追いせず、時にタブレットを抱えて寝転んだまま描いています。
 他の無料記事が同じ理由で無料というわけではありませんし、そういう作り方の創作物がお金を得るべきではないという精神論を大切にしているわけでもありません。(「どんな心意気で作っているか/どんな姿勢で創作に臨んでいるか」と「料金を取っていいか/コストがかかっていないか」は関係ありませんから、まったく同じ姿勢で作られたものが有料で公開されることにも肯定的です。)
 ただ、このコンテンツに関しては、どんな物語になるかが見えていないので、値段をどうつけていいか現段階では私自身もわからない、ということでなんとなく無料にしています。


(作・挿絵:中村珍/初出:本記事)

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