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ひとふで小説|12-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[XII]

これまでのお話:初回-I前回-XI収録マガジン


XII

 生まれてこのかた見知った村人ばかりに囲まれて暮らした二人の村娘は、都会を過ごすにはいささか無防備な心を持っている。
「ご、ごめんなさい!」
 先に口を開いたのはシオだった。大国の城下町で地べたに寝転ぶ姿を目撃される事がどれほど深い恥を我が身に与えるものか思い知りながら、すぐさま跳ね起きた。
 ターレデも旅に軋む背中を慌てて起こし、何度も何度も頭を下げる。
「人通りの少ない路地の裏だったので、どなたも通らないかと…失礼いたしました…!」
 ひんやりした夜風と対照的に、ターレデは耳まで火照るのを感じて、すぐには相手の顔を見ることができなかった。やっとの思いで相手と目を合わせた頃、
「いいえ」
 と、赤毛の女がほほえんだ。

 布の服を重ね着た姿は本で見た商人のようであるが、腰には立派な剣を携えていた。
 その少し離れた後ろにもう一人、銀色の髪をした女がついている。こちらはところどころに当て布を施した革の服で、商人風の女と比べれば重装備であるものの、剣士か何かにしては明らかに軽い装備だ。赤毛の女より肘一本長めの豪奢な剣を腰に提げている。
 旅商人が護身のために剣を携えているのだろうか。それとも腕利きの剣士には防具など要らぬから、旅商人のように見えるのだろうか。そうかもしれない。ヴァンダレのように片腕を落とし、人一倍小柄な体格で一人旅をするのであれば山奥の村まで防具を求めるのも納得はいくが、それなりの体格と素晴らしい剣の腕前があれば、こんな薄着でも生き延びられるのかもしれない。いや、商人だとして、どっちみち、この薄着で生き延びているのだ。
 実に凄まじい。
 想像を巡らせたターレデは目の前の二人に予めの畏怖を抱きつつ、自分が身につけた厚手の皮革防具が大袈裟に感じられて、照れ臭くなった。

「旅の方ですか?見ない顔ですね」
 赤毛の女が、ターレデとシオの顔を交互に見つめながら尋ねる。ほほえみはそのまま、落ち着いた様子だった。
 赤毛の女の言葉に特別な気配はないのだが、年頃を迎えてからというもの村人たちと顔を合わせるたび、独身のまま加齢していく身を案じられたり所帯を持つ気がないことに落胆されたりの連続だったターレデにとって、無用の心配事を伴わない淡々とした会話は稀少で、高尚なものに思えた。
「ええ。…ついさっき着いたばかりですの。……………あの、城下町に暮らす方かどうか、見分けがつくのですか?」
 ターレデは不思議そうに尋ねた。人の少ない故郷の村ならばともかく、ゴタンダールほど賑わう街をゆく人々の顔を覚えるなど、到底無理なことのように思えたからだ。
「ふふ、まさか。私たちは城下町に居る間、よくこの石段を通りますから、今夜は珍しいと思ったまで。やはり旅の方でしたか。こんなところに身を投げ出して、どうなさいました?お困りごとですか?」
 よく見れば赤毛の女は気さくな表情をしている。
「見苦しい姿をお見せしてしまいましたね。ええ、あの、実は…宿を探したら、宿屋も教会も大賑わいで、泊まる場所がなく…。…せめて食事を摂れないかしらって料理屋を覗いてみたのですが、私たちのお金では安心して喉を通せないもののようで…、どうしようもなく逃げ帰ってきたところですの。やはりゴタンダールほどの大国で渡るには大きな富を持たねばならないのですね」
 ターレデは自嘲気味に苦笑した。
「なるほど、ゴタンダールは栄えた場所ですからね。私たちも同じようなものです。土地でも売られていれば宿屋を開いて大儲けするんですけどね。ふふ」
 赤毛の女は腕組みをして、小さく笑った。
「はぁ、何が大儲けだ!土地が売られていても買い取るだけの金がないだろう。ゴタンダールの地代は郷で畑を買うのとはわけが違うぞ。エヴィ、宿がなくてお困りのようだ。この人たちも一緒に来ればいい」
 後ろから銀髪の女が、少しぶっきらぼうに口を開いた。語り口こそ頑硬なきらいを感じるが、森が木霊して囁くような、優しい息の漏れるような、細く透明な色を束ねた声の質が心地好い。
 エヴィと呼ばれた赤毛の女も頷きながら、
「よろしければ」
 と、一声追った。
「…と言っても、私たちも大した場所に寝泊まりできるわけではないのだ。期待せぬようにな。なにしろ、橋の下を塒にしているだけだからな。小雨や夜風を凌げるほかは何もない…。それでも宿無しの野宿よりは幾分マシだろう?寄り固まって眠れば、人が多いほど体も温まる」
 銀髪の女は塒の質の悪さを説明してくれたが、慣れぬ街で寄る辺もなく流されていたターレデとシオにとっては大した問題ではなかった。
「大雨になると増水して橋の下を通る通路が水没してしまいますから、肝心の雨の日は野宿になるんですけどね。今日は晴れた夜空ですから、大丈夫でしょう」

 ゴタンダールの城下町には街のおおよそ東西とおおよそ南北を横切る形に用水路が整備されており、その中央には泉水を湛えた広場があった。水場の周りは白煉瓦で整えられ、中央に馬に跨った騎士の石像が立っている。 水路はそれなりの幅があり、体格の良い大人が、大きめに十七、八掻きして、やっと向こう岸に泳いで渡れるかどうかといったところだ。
 ところどころに小さな橋が架かっており、その上を散歩するもの、酔い覚ましに欄干でうなだれるもの、恋人と思しき相手と語らう者、釣りをする者など、皆おもいおもいの渡り方をしていた。
 エヴィたち二人が塒にしているというのは、もしかすると用水路にかかる橋のいずれかかもしれない。

 橋の袂には屋台があり何やら甘い匂いのするものを焼いている。シオはあからさまに興味を示していたが、前を歩くエヴィたちが気掛かりで、ターレデは気づかないふりをした。それに、どっちみち娯楽的な食料などに浪費できる金銭は持ち合わせていない。エヴィたちの思わぬ好意に救われたものの、甘え続けるわけにもいかない。今日の安堵は真実のものだが、明日を思うと胸中は相変わらず途方に暮れている。
 果たして無事に護衛を連れ帰れるのだろうか。

 食糧や薪を調達しに来たと言うエヴィたちは、ゴタンダールの市場で肉も野菜も魚も均等に買い込んでいた。
 村で口にした肉はほとんどすべてがシオの母が猟で得た獲物、野菜は村で採れたものの中から、魚は自ら釣りへ行き、天候や運に左右された食生活を送ってきたシオとターレデには、食材を均等に揃える発想はなかった。栄えた街ならではの生活を垣間見ている。最後に、道具屋で薪と松明を買った。
 物持ちを申し出ると、エヴィは申し訳なさそうに軽めの肉と野菜を選んでシオに渡し、ターレデには松明を預けて、塀の脇にある篝火から火種を貰ってついてくるよう促した。火打石などを使う方法もあるが、得意ではないし、夜は冷えるから、大きな炎を保ちやすい松明をよく買うのだそうだ。
 銀髪を束ねた連れ合いの女はエヴィと対照的で、道すがら店屋や屋台を物色しており雑談にはほとんど参加しなかった。少し目を離すと見失うような場所に消え、しばらく待つとどこからともなく戻ってくる。

「私たちはゴタンダールに居着いて長いのですが、やはり来て早々、あなたがたのように宿に泊まれぬ憂き目に遭って、仕方なく橋の下に棲み着いたのです。あんなところにお客様をお招きするのは…ちょっと…気が引けるのですが…。お招きするのに、きちんとおもてなしできずにすみません…」
 エヴィは随分と恥ずかしそうに言った。
 どう考えても情けを掛けられているのは自分たちであり、客人と呼ばれる身分でもない。もてなしの質など問うわけもなく、エヴィが恐縮する要素は一切ない筈だった。
 だから、ターレデはエヴィもまたヴァンダレのように高貴な出自なのではないかと思った。

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つづく


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 元は具合悪くて寝込んでいた時に、調子が悪くても寝ながらでも物語作りの傍に居られないもんだろうか…みたいな気持ちでスマホのテキストアプリに書き始めました。ラストも何も決まっていないので、正直ちゃんと終わるかどうかも分かりません。敢えて先の展開を考えないライブ感優先でやっていて、人物たちが最後どうなるのかを私ですら知りません。挿絵もこまかい手の隙を活用して、ご飯を食べながらとか寝る前に、深追いせず、時にタブレットを抱えて寝転んだまま描いています。
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(作・挿絵:中村珍/初出:本記事)

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