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Mt.KATI-KATIと舌足らずの変な声

キヨ
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とりとめのない話と、かちかち山の考察を聞いて欲しい。

歌声はそこまでではないが、
話す声が嫌いだ。
気持ち悪いから。

雑踏にまぎれた大衆の声のことじゃない、ファミレスで聞こえてくる世間話のことじゃない、ほかでもない。私は私の声が大嫌いだ。

アニメみたい!と、よく笑われた。褒められたこともあったはずだが、そんなの私には関係なかった。私は私の声が嫌いだから、笑われた事実のほうが、ずっと重かった。

声優になりたい、という夢追い人に羨ましがられたこともあった。
くれてやる、と思った。
彼女は今、持ち前の広く愛される声でテレビカメラの前に座り、お昼のニュースを読んでいる。「キャラの体の中に入りたかったんだよお」と、衣の外れたイカリングをしゃぶりながら酔っては泣きながら。
人生は、うまくイカない。




「読んで!」

無邪気に絵本を持って駆け寄ってきたのは、勤め先の上司の三男坊だった。私が育てた息子たちは、絵本に関心を示さなかったから、私は絵本を断る訓練をしたことがない。結局、二匹のネズミがくだらないことをする本を断りきれずに読んだ。
幼い彼は、私の読み聞かせを聞いて、手を叩き、おおはしゃぎした。人間の声色が必ず1人1つだと信じているからだろう。


私のLINEに動画が届いたのは翌週のことで、要するに、「読み聞かせが気に入ったから、新作をよこせ!」という意味のことを、幼い友人は、覚えたてのたどたどしい言葉でスマホの向こうの私に伝えた。


プロの声優が読んだものを買い与えるか、ユーチューブかなにかで探せばいい。なんなら、上手なアマチュアにギャラを払えば、お好みの読み聞かせを納品してくれるはずだ、ともアドバイスしたが、幼い彼のご指名は私だった。

まだ見ぬ上等なホールケーキよりも、目の前に転がっている小さな駄菓子に価値を見出す子供そのものだ。と思った。愚かだ。愚かで可愛い。そして、人の気を知るすべも知る必要もない、陽気な無邪気だ。


上司からは、いつでも再生できるように音声ファイルで送ってくれ、というリクエストがあった。遊びに行って読み聞かせライブをするだけでは許されないらしい。ヘタに音声ファイルの受け渡しを拒んで、次に丸腰で出かけた時、こっそり私が読み聞かせている動画でも録られたら嫌だから、私は自宅で録音したものを送ると約束した。




恥ずかしいから、うちのひとの留守を狙って、iPhoneに『かちかち山』を吹き込む。



吹き込んだ。
けれど、聞き直すことはできなかった。

気持ち悪いから。

それでも、いつかは、時がくる。

聞かずに納品するわけにはいかない。
時は来る。

ある晩ついに、私は自分の読んだ『かちかち山』を聞いた。毛布にくるまり、何もかかっていないヘッドフォンの下には、イヤホンも詰めた。その上から布団を被り、布団の外のiPhoneに手を伸ばし、恐る恐る再生ボタンを押した。

何も聞こえなかった。

仕方なくヘッドホンの中につけたイヤホンを外すと、昔話のような音程の話し声が遠くで聞こえた。納品のための確認と呼ぶには、あまりにもぼんやりとした音で。

ヘッドホンを外すと、何を言っているかが聞こえるようになった。うさぎが、たぬきに恐ろしい制裁を加える場面だった。

徐々に自らの身ぐるみ耳ぐるみを剥がし、やっと私の声をハッキリ聞いたのは、イヤホンを詰めてから1時間後のことだった。


ハッキリとした音で聞くと、「声が気持ち悪い」などという問題を気にしている場合ではないことが理解できた。「す」とか「ふ」とか、風が吹くような音を発音するたびに、ボボボ…という音が挟まっていたのだ。インターネットの情報が正しければ、《吹かれ》と呼ぶ失敗らしい。そういえば声優さんのマイクには丸いハエ叩きの網か、黒い金魚すくいのような何かがついていたはずだ。
あれか。
もしかしてあれで風を無効化しているのだろうか。

試行錯誤の末、iPhoneの小脇にタオルハンカチを立てて置くと、酷い《吹かれ》(とやら)は軽減できることがわかった。自らの声を嫌いながら、音質を上げようとしている自分が滑稽だった。


タオルを立ててから、更に3テイク録った。本当はもう何度か録って、せめて良いものを送ってあげたかったが、口がくたびれたのか、うさぎとたぬきをいっぺんに済ませたかったのか、5テイク目からは、だいたいどこかの場面で誤って、うさぎかたぬきのことを、「うなぎ」と言った。もうだめだ。
《吹かれ》に侵された1テイク目を削除し、4テイク目までの3本から選ぶしかなくなった。

昔、歯を傷めたことがある。前歯を2本、差し歯にして以来、滑舌がすこぶる悪くなった私は、自分の声だけでなく、舌足らずな喋り方も嫌いになった。それでも、声は直せなくても、滑舌は治るかもしれない、という私の淡い期待にとどめを刺したのは、過労でバッタリ倒れた20代の私がお土産にくれた、右片方の神経の麻痺だった。ある日を境に私の目や口は、右半分だけ上手に閉じなくなり、舌や頬が言葉についてこなくなった。退院後、9割がた元に戻ったが、1割の自由は二度と戻ってこなかった。

こんなに自分の声が嫌いなのに、分厚すぎる前歯と動かない口のせいで、持ち前の変な声を生かす道すらも険しくなったかと思うと、それはそれで、どういうわけか恨めしかった。
幼児相手の、たかが読み聞かせだというのに。



録音にあたって、私が読み聞かせるための『かちかち山』の原稿は、幼い頃の記憶を頼りに自分で書き起こした。しかし、どうにも、うさぎの制裁が ”やりすぎ” な気がする。おじいさん本人が手を汚した復讐ならば理解できるが、一体なぜうさぎはこんなに気の触れた制裁を加えたのだろう。
泥舟を沈めて殺すだけでも報復は完了するはずなのに、一体なぜ背中を燃やして、辛子味噌を塗りこむ必要があったのだろう。おじいさんが、狸肉の辛子味噌焼き定食を食べた様子もない。もちろん、ピリ辛味噌仕立ての狸汁にもしなかった。
一体なぜ、殺すだけでは気が済まなかったのか。

みんなのウィキペディアに尋ねたところ、どうも、うさぎの復讐は自発的ではなく、おじいさんによる依頼だということがわかった。おじいさんは自分ではたぬきに勝てないから、と、うさぎにたぬきの成敗を頼んだらしい。うさぎとはそんなにパワフルなアニマルだったろうか。

それからもう一つ慄いたのは、本当のあらすじではどうやら、たぬきは撲殺したおばあさんを解体してから煮込み、婆汁にしてじいさんに振る舞うくだりがあるらしい。おばあさんの姿に化けたたぬきが、おじいさんの帰りを待って振る舞うのだそうだ。

私は『とびだせ!どうぶつの森』に出てくる、まめきちとつぶきちというたぬきが大好きなので、本件と直接的に関係ないたぬきへの風評被害を最小限に抑えたいと思い、この恐ろしい展開はカットすることにした。ただし、同じゲームに登場する不動産屋のたぬきちはまだ許しきれていない。どうぶつの森に住んでいいと言われたから引っ越してきただけなのに、言葉巧みに住宅ローンを組まされた果てに今はリフォームローンで火の車だ。『どうぶつの森』という言葉の響きから、木の実とかを集めればいいゲームかと思い始めてみたら、釣った魚を売り捌いてはローンを繰り上げ返済する、とんだ現実の森だった。

ところで、だとして、『かちかち山』は、一体なぜうさぎは、あそこまでする必要があるのだろう。
頼まれごとだとしても、そこまで自分の手を汚す必要があるだろうか。おじいさんに弱味でも握られているのか。
…或いは?

仕事から戻ったうちの人を捕まえて、「ねえ、うさぎが部外者なのにあそこまで凄惨なことをしたのは、正義感じゃなくて、おじいさんに内緒で、おばあさんに対して男女の感情を持っていたのかな!?」と、意見を求めた。
彼女は、正義感だとしても怖いよね、自分は直接その事件に関係ないんだもん。と真っ当な前置きをした上で、「うさぎはおばあさんに特別な感情があったと私も思った」と、私に応えた。
私たちは録画した2時間サスペンスの再放送を食事のたびに消化して暮らすうち、物語の中の誰かが、理由のよくわからない復讐をすると、反射のように「痴情のもつれがあったのでは…?」と思ってしまう病気に罹っていた。

私は「プレイボーイのロゴになっているくらいだしね」と答えて、『かちかち山』に関するすべての作業を終えた。


録音は、何度聞いても舌足らずだが、どんなに治そうと努力しても、これ以上は舌がついてこないのだから諦めよう、と思うことにした。彼は喜んでくれるだろうか。また、手を叩いて笑ってくれるといい。私も大人になったのだ。諦めよう。それから、いつかは、アニメを見慣れて、「おばちゃんはヘタだからヤダ」なんて拒まれたりするだろうか。そして私は、落ち込むだろうか。少しばかり自分の声が誇らしいような気も、しなくもないような気が、してきたような気が、した気がした、ような錯覚に陥る瞬間が無かったと言えば嘘になる、『かちかち山』を録音した日の私を、苦笑いで少しばかり温かく振り返りながら。

私の声を置いておく。頑張って録ったのだ。嫌いなりに、(健康ならば)一生私につきまとって離れない声と、これまでで一番向き合いながら。
(でも、私をナンバーワン指名してくれた幼い友人に申し訳ないから、彼に贈るものより、滑舌の悪さが猛威を振るった噛み噛みテイクの、更に、音質を下げたものを置いておこうと思う。)

聞いてくれてありがとう。
私の声を笑わないで最後まで聞いてもらえたなら嬉しい。


〔他作の宣伝〕※読み聞かせではないよ
https://note.ching.tv/magazines
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noteは超不人気マンガ家(中村珍)が無職になったとき「自力でweb雑誌みたいなのやって描き続けよう」と思って始めました…が、存外にうまくいき、おかげ様で今は忙しいです。犬と、ゲームと、マンガ描くのが好きです。| https://ching.tv