恋外201904

ひとふで小説|レンガイケッコン(4)


これまでのお話:(第1話)〜(収録マガジン

(4)

 起き抜けの紅茶を啜りながら、蓮本は考え込んでいた。大問題は、“どう『結婚』を申し込むか” である。よくは知らない相手に、唐突に、しかも同性が。
 きっと「女同士の話」と言っても異なる意味で取られるに違いないので、異性同士で言うところの「男女のこと」というのを、同性の場合は一体、どのように一言で、どのようにニュアンスごと表せばいいのか、蓮本には分からなかったが、とにかく恋や愛や結婚にまつわることで異性同士に起きても難しいことは、同性なら殊更難しいように思えた。

 企画の構想は膨らむものの「結婚しませんか」だなんて突拍子もないことを言えやしない。互いに雰囲気の良くなった男女であれば、或いは一瞬で空気が変わるほど運命的な二人であれば、たとえ突発的だとしても、“結婚しませんか”…この手短さが決断の潔さにも聞こえて、ある種の人生が華やぐ一瞬になり得る、かもしれない。ドラマチックで、新しい日が来るような。

 結婚などという重大な言葉を、聞かせ、それを相手の耳から心まで通すにあたり、絶対に誠実にあらねばならない、と蓮本は考える。だから、“たかが自分の仕事”が、それを強行していい理由を持つなどとは到底思えなかった。くだらないことのために“人生最大級に非凡な一言” を東之に聞かせてはいけない。
 そういう言葉はきっと誰だって、自分にとって世界で最も誠実な、絶対に断る理由のない相手に聞かされたいはずだから。その機会を自分が東之から奪ってはいけない。

(管理人さん側も、断るの苦痛だよね…。破断した後はお互い気まずいだろうな。でも管理人さんの職を奪ったら最悪だから、気まずくなったら私がここから出て行くのが筋だよね。でも管理人さんにしてみれば職場に嫌な思い出作られちゃうわけだから、どっちみち最悪か…。なんにしてもこの企画をやるなら引っ越す準備でもしながら考えるか…。さて、どうやってプロポーズしたものかな…)
 蓮本は考えあぐねていた。

 言葉を尽くして説明したところで、怪訝に思われることは想像に難くない。
 実際の要求は企画用の執筆が終わるまで短い間…きっと半年ほどの生活を共にするだけであり、性的な関係が有り得ない結婚生活であることを正直に説明すればいいのだろうか。
 不安なら契約書を書いたっていい。禁止事項と可能な範囲について明文化されたことだけを甲と乙が協力して行うだけ。

 だとして、先ず、東之がどの程度のリテラシーを持っているかを探らねばなるまい。世の中には自分と異なる思考や属性の人間が、当然として数多と在る。自分の理解や認識が充分だと思ったことはないが、もしも東之が現代的な知識と最低限の良識を弁えていないとしたら、たとえば「同性愛に付き合えとか同性愛をしろみたいな、“おかしな”発想ではないんです!気持ち悪いことに誘っているわけではなくて、家事分担しませんかって意味です!」みたいな、不本意な言葉を並べて説明しなければならないかもしれないし、そんな言い方をしなければならないと分かった時点で、こんどはそれほどまでに時代遅れな感覚で生きている相手と『あたらしい家族のかたち』を作るなんて本末転倒もいいところだ。企画も倒れてしまうし、自分にとっても苦痛な生活になってしまう。

 東之の言う「一人暮らしだし、彼氏も居ないんですよ」を反芻してみても、意味などない。好きな人が居ないとは限らないし、一生を一人で終える人生に魅力を感じている可能性だってある。もっとシンプルに考えるなら、単によく知らない相手の前だったから、本当は夫や彼氏が居るのにプライベートな話題を避けただけの可能性も充分に考えられる。

 問題点はそれだけではない。異性愛者同士を想定して話を進めて、あとから東之がバイセクシュアルやレズビアンだったと分かった場合にも対応できるようにしておかねばならない。東之の恋愛対象に女性が含まれるとしたら、その時点で、蓮本にとっては“異性愛者の男性と組んで同じ試みをする”のと同じになってしまう。それでは過去の失敗を繰り返すだけだ。
 あまり烏滸がましいことを考えたくはないが、仮に東之側が性愛的な意味で蓮本に対して本気になってしまったら実に難しい案件に発展する可能性も、無いとは言い切れない。

 だからと言って明け透けに性的な指向を尋ねるのも甚だしい不躾だし、自分が東之にとって安心できない相手だったからこそ、異性愛者のふりをした可能性だってある。東之の安穏を脅やかしてはいけない。
 もしも別々に暮らしている彼女が居るなら「一人暮らしだし、彼氏も居ないんですよ」というセリフだって、真実を避けていると言えるだけで、嘘にはならない。男性とか女性みたいな強引な二元論で片付けるべき話ではない可能性だってもちろんある。

 いずれにせよ蓮本が東之に申し出ようとしていることは何から何まで、並外れたややこしさを孕む要求に違いなかった。
(当たり前か。作るのが簡単な家族の形が、“あたらしい”わけ、ないんだから…)

 蓮本の脇には全国チェーンのスーパーがプライベートブランドとして展開している100杯299円の安いティーバッグの箱が置いてあり、その隣には唐辛子と共に缶詰されたピーナッツが3缶積んである。1缶あたり329円だ。質と量を考えると信じられない安さだった。
 つまり蓮本が “生活上の結婚”をするというのは、こうした『メディア映えしない私生活』を曝け出すことであり、それでいてメディアに向けた『すてきなライフスタイル』の切り取りに付き合わせることでもある。
 すてきなライフスタイルを偽って見栄を張りたいわけではない。自分を高く見せたいわけでもない。ただ、商売柄、“すてき”に暮らしたほうが、良い業績を導き、次の仕事が舞い込みやすい場合がある。この世界で食べていくなら、飾って生きなければならない!…それはひとえに、蓮本が一生働かなければならないであろう下々の身分であるからこそ湧く、貧しい根性によるものだった。

 もともと、他人がどんな恋愛や結婚をしても、当人同士の合意がある限り蓮本はどうだって構わない性分だ。仕事仲間の中には彼女を十六人抱えていると豪語する兼業DJの編集者だって居たし、二人の男性と事実婚状態で暮らしている同業者の女性も知っている。前者は全員公認で、後者はどちらの男性とも恋仲だそうだ。
 それらを変だと思ったことも、嫌だと思ったこともない。ありきたりだが「自分は自分、人は人」以上の感想は湧いてこない。当事者全員が納得していて、誰のことも騙したり裏切っていないなら、他に何の問題があるだろうか。傷つくことや傷つけられることがあったとして、寂しさを感じる者が居たとして、そんなことは一対一で交際していても生じるのだから、進行中のトラブルは各々誠実に愛情を持って対処すれば良い。そして、対処の結果を厳正に査定して、その関係を続けるべきか自身に問えば良い。世間で言うところの“普通”のかたちに殉ずることなく生きたところで、本来、問題などない。
 問題を見つけてくる人があるとすれば「そんな自由な暮らしをしている奴が許せない」といった類いの、“自分の心の問題”を、外にぶつけて鬱憤を晴らそうとする者たちだろう、と蓮本は思う。
 一夫多妻でも、一妻多夫でも、一夫多夫でも、一妻多婦でも、一人多人でも、どうでもいい。各々の人生の責任を持ちながら、お互いに幸せでいてください。ただ、それだけ。

 そんな蓮本自身が一夫一妻を選択した理由は、「自分の弱い面を見せる相手は一人でも多すぎるくらいだ」からだ。
 一杯約3円の紅茶のことも、積んである乾き物の缶の存在も、知る人は、本来ならたった一人だけでいい。一撃で運命的な人と出会えたなら、本当は自分の性的な裸体を知る相手だって最初の男性だけでよかった。恋愛を繰り返すというのは自分の重要な過去に関わる相手を増やすことに他ならないし、人生における恥部を知る人数が多いということだから。破局の数だけ、重ねた会話も切実な時間も恥ずかしい姿もみんな『相手の思い出』になってしまう。
 だから蓮本は “元彼氏”という存在がある自分の人生の質を、煩わしく感じていた。納得は幻影的なもので「過去の恋愛から今に繋がる糧を得てきた」とか「過去の恋愛の失敗を通じて成長した」とか思い込む努力をしたのは、自身への悔恨を覆い隠すために過ぎない。

 素の自分を曝け出す機会を限定したいと願ってきた蓮本にとって、東之を企画に動員し、ありのままの姿を知る人の頭数を増やしてしまうことは、本来であれば実に悩ましいことでもある。
(もう堅さんで終わりにしたいのに…)
 こういう時、将来に不安のない資産でもあれば面倒な仕事を断れるのだが。片田舎の、なんのことはない家に生まれた取るに足らないキャラクター設定を呪っても仕方ない。

 真実でも嘘でもない瞬間や空間を、切り取って生きる。ライフスタイルへの合意形成が欠かせない。
 写真を撮る可能性を常に加味して安い紅茶と俗っぽいデザインの缶に詰められたピーナッツが写り込まないようなエリアをすぐに探せる感覚でいるとか、或る一角だけは物凄くお洒落に写るように整えておくとか。そういうこと。
(私と生きてもらうっていうのは、本当に馬鹿げているけど、そういうこと…)
 その上で、浅ましい切り売りをしている自分のくだらなさを、受け止めてもらう。
 受け止めて、笑わず、否定せず、尊重してほしい。そして、虚構作りにのめり込まない、節度ある人柄で居てもらう。必ず。
 流行に敏感なファッション誌に多数掲載してきたコラムだって今後も執筆が続くかもしれないのだから、あまり鈍感な暮らしはできない。
 だからといってやたらと着飾りたいわけではないし、生活は身の丈程度にちょっとだけ楽しめたらいい。無理はしたくない。本質的には地味な暮らしでいい。
 可愛くなくていい。美しくなくていい。キラキラと輝かなくていい。かっこよくなくていい。高くなくていい。派手な暮らしは望まない。
 おとなしく、安定的に生きていたい。

 ドライブが趣味の蓮本には、常に「できれば一台だけ所持することには反対しないで欲しい」という主張がある。けれど、それだって駐車場代から税金に至るまでをキッチリと計算して、慎重に検討した上で成立する趣味だ。
 いくら前職が整備士でも、整備工場が自宅に併設されているわけではないし、仮に敷地内に整備工場があったとして、相応のコストはかかる。個人的に何から何まで揃えて、車体の健康を維持するための行為を趣味的に完結させるのは、都市部のマンションと狭い貸し駐車場の一区画では土台無理な話。
 乗り出し価格にのせられて維持費も考えずにガタがきている中古車を選ぶとか、趣味だけに偏って手のかかる旧車ばかり揃えるとか、カタログ燃費に踊らされて心底乗りたいわけでもない新型車にお金を掛けるとか、収入や貯蓄額に見合わない高級車を欲しがるとか、無謀なカーライフは送ったことがない。庭に油田でもあれば並べておきたい車が山ほどあるけれど、夢は夢のままでいいし、夢が夢でしかないことを知っている。
 だから、現実の中で穏やかに暮らすことに注力して生きることが蓮本の切なる願いだ。

 ここ暫く「運河沿いに聳えるタワーマンションの高層階に住んでいる」と実しやかに噂されている蓮本は実際そうした高級物件を購入できるだけの財を成したが、長くなるかもしれない人生で一時の輝きを得るよりも、愛した相手と末永く安心できる暮らしのために貯蓄を続けている。もしもの時を、落ち着いた心で、手を取り合って、しっかりと乗り越えられるように。

 東之との間に相思相愛の長い付き合いがあったならともかく、今から知り合い始める相手にあらゆる匙加減を説明し合意を得る必要があると思うと、仕事のためとは言え、正直すさまじい面倒を感じる。
 それでも『あたらしい家族のかたち』の連載企画をセルフィールポで乗り切るなら、“女性同士の割り切り家庭生活”の実践に東之を起用するのが最もハンドリングしやすい設定だと思う。
 蓮本の考えに変わりはなかった。
 何より「どれほど大変でも、他の誰かに頼むのと比べたら圧倒的に楽そうだ」という期待と想定に抗えはしない。蓮本チカの素性が西関井子可であることを、文筆家であることを、メディアで文化人タレント扱いされていることを、蓮本チカがこのマンションに住んでいることを、“映えない”マンションの中から私生活を見栄え良く編集していることを、改めてカミングアウトする必要がない好都合な相手なんて、他に居るだろうか。

(この考え事が世間にバレたら、こんな身勝手な計画をして人を大事にしないからちゃんと結婚できないんだ、とか言われるんだろうな…。…言われたとして、管理人さんがパートナーとしてそばに居たらどんな言葉を掛けてくれるんだろ)
 考え込んだ蓮本は数十秒で我にかえり、
(優しくしてもらうとか励ましてもらうとかは、恋愛部門が担当すればよろしい!)
 と、思い直した。
 優しい言葉で励ましてもらうなら、やっぱり恋に落ちた男性にしてほしいし、女性同士で結婚するなら生活のシステマチックな分担ができれば良いのだから。感情を高めたり精神を補修するのは恋の担当者に頼みたい。
 東之に担当してほしいのは“暮らし、だけ”の部分なのだ。要するに「利害を一致させたいだけ」と言えば正しい。
 もちろん、どうせ、全ては分担できない。だって、彼の洗濯物や、彼とのセックスの後始末を“事実上の妻”と分担するわけにはいかないし、彼と過ごす日を潰したいわけではない。お互いにとって利害が一致した部分だけ、東之と自分の人的リソースを利用し合えればいい。あとはむしろ自由行動推奨だ。
 もし東之が家事と生活費を誰かとシェアすることにメリットを感じてくれるなら、せっかく生活圏があまりにも近いのだし、本業の帰りにちょっとここで暮らしてくれるだけで万事うまくいきそうなのだ。家賃も水光熱費も全額負担する。住所を置いている家を空けることも増えるだろうから、東之の家にかかるコストだって期間中は負担するつもりだ。

 企画は、“帰宅婚”で『キタ婚』とか“恋外結婚”と書いて『レンガイケッコン』なんていう造語をタイトルにしたらいいかもしれない。

(報酬を払えば、副業的になんとかやってみてもらえないかな。でもそれじゃあ、有料のハウスキーパーを雇うのと変わりないか。ハウスキーパーになくて、結婚生活から恋愛を差し引いたところにあるものって、なんだろう。…異性同士で籍を作るなら控除とか…?まあどうせできないから公的な優遇措置や保証制度を享受したいっていうのは一旦置いといて、もしかして子作りや恋愛感情を差し引いちゃうと、“結婚”や“家庭”っていうスタイルを追求する必要がない?家事のアウトソーシングが落とし所になっちゃう?でもアウトソーシングしたいんじゃなくて、シェアしたいわけ。もうちょっと人のぬくもりのある生活感が欲しいわけ…。だって、『あたらしい家族のかたち』だし…。恋でも友情でもない第三の信頼関係みたいなやつが…)

つづく
(小出しにします)

■シリーズの収録マガジンと一覧
「ひとふで小説」は、何も考えずに思いつきで書き始め、強引に着地するまで、考えることも引き返すこともストーリーを直すことも設定を詰めることも無しに《一筆書き》で突き進む方法でおはなしを作っています。
 元々は、具合悪くて寝込んでいた時に「いつも通りストーリーを練って本腰で働くほど元気じゃないし、長時間起き上がって作画するのは無理だけど、スマホに文章を打ち込めないほど衰弱してるわけでもなくて、ヒマだなー…」っていうキッカケで、スマホのテキストアプリに書き始めました。いつもは構成も展開もラストシーンも大体決めて原稿に取り掛かるので、たまには違う作り方も面白いから、即興で突き進み、溜まったものを小出しにしています。挿絵も、こまかい時間を活用して、ご飯を食べながらとか寝る前にiPadで描いています。
 珍しく無料記事として物語を放出している理由は、今のところ「日常の空き時間に、細かいことは何も考えずに、ちゃんと終わるかどうかもまったく分からずに、勢いで作っているから」という、こちら側の気の持ちようの問題です。(他の無料記事が同じ理由で無料というわけではありません。)

(作・挿絵:中村珍/初出:本記事)

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コミック無職

noteは超不人気マンガ家(中村珍)が無職になったとき「自力でweb雑誌みたいなのやって描き続けよう」と思って始めました…が、存外にうまくいき、おかげ様で今は忙しいです。犬と、ゲームと、マンガ描くのが好きです。| https://ching.tv

増刊|コミック無責任&文芸たぶん

【増刊 文芸たぶん】は勢いで書いた「ひとふで小説」と定期連載化できない物語調の書き物を収録しています。仕事コラムなどのルポ系読み物は他のマガジンにまとまっています。 【増刊 コミック無責任】は定期連載に格上げできない、しかしちょっと描いてしまったマンガたちがたむろする控え室です。