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「会えない日と同じでしょ」(2)

■あらすじ

敦子、初めて会った日に宿題を押し付けた元気な先輩のこと。
美波、ポテトチップスを箸で食べていた死にたい友達のこと。
紀志重、気難しく優しく賢く美しい飄々とした女誑しのこと。

いまはもう居ない、そばに居た3人との年月を思い出しながら。私の切実な本当の時間が誰にも触れられないように、少しの嘘を混ぜながら。あの人たちの選んだ言葉や生き方が嘘にならないように、真実だけで固めた芯を通しながら。覚えていることを忘れないように綴っておくノート。

■ 更 新 履 歴

・美 波 (二)/約 3,500字…2015/4/13
・美 波 (三)/約 7,000字…2015/6/1
・美 波 (四)/約 3,000字…2015/6/4

・敦 子 (四)/約 4,000字…2015/4/13
・敦 子 (五)/約10,000字…2015/5/14
・敦 子 (六)/約 5,000字…2015/6/10
・敦 子 (七)/約10,000字…2015/6/12

・紀志重 (一)/約 3,500字…2015/4/13
・紀志重 (二)/約 8,000字…2015/7/31
・紀志重 (三)/約11,500字…2015/8/2
・紀志重 (四)/約 4,500字…2015/9/17

収録ナビ

一度単行本化したのですがデータの不備が見つかったため、出版をキャンセルしました。改訂版の再編集と併せ、最終回までを収録した完結巻を校了次第、ご購入者様を対象に改訂版の無償配信をいたします。続報をお待ちください。

2018年6月現在、購読可能な媒体はnoteのみとなります。
収録マガジン:こちら

■かんたんなご案内

*この記事は【11話分/更新確約3回中】で公開を満了しました。
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「会えない日と同じでしょ」



美波 (二)

 あの日、突然の自主的な余命宣告に対し、気の利いた返事を用意できなかった私は、咄嗟に手帳を差し出した。
「とりあえず、死ぬまでにしておきたいことを全部書き込んで?どんなに小さなことでも全部ね!この日までにやりたいっていう日付のところに用事を書き込んで?」
 これは手帳を埋めさせている間に気の利いた言葉を探すという急拵えの作戦であったのだが、『死ぬまでにしておきたいことリスト』をとっくにまとめてあった美波ちゃんからメモを差し出された瞬間に、私の作戦は敢え無く失敗に終わってしまった。

 美波ちゃんは
「見ていい?」
 と言いながら、返事も待たずにパラパラと私の手帳を捲る。

 手帳に書き込んだ私の日記を音読する美波ちゃんの声を掻き消すために、やめて!やめて!と大きな照れ笑いをしながら懇願する私に、更に負けないように、美波ちゃんもまた、声を張り上げた。夜中に書いた日記が次々と音声化されていく。

 この翌月、美波ちゃんは私に予告も、挨拶も、さよならの合図もせず、死んでしまった。綿密な自殺の準備を重ね、確実な方法を調べ上げ、部屋を片付け、用事のある人たちに、何通もの遺書を書いていたが、それらの支度を完全なものにすることなく逝った。私に宛てての遺書は、
「死ぬ間際に書くから。」
 と言ったきり終に書かれることはなく、私には何も届かなかった。ただ、亡くなる当日まで続いたメールは、校正がないまま連載された生々しい遺書のようなものだったと思う。

 『死ぬまでにしておきたいことリスト』の項目は叶えられたものから順に、線を引っ張って潰していった。美波ちゃんが亡くなった時、半分ほど残ったそれは、『美波ちゃんが生きているうちにできなかったことリスト』として、私の手元に残された。


 美波ちゃんが死ぬまでにしておきたいと望んだ、百ほどの欲求のうち、九十くらいは、まったく大したことではなかった。まだ観ていない映画のタイトルが列挙されていたり、まだ行ったことのないお店が列挙されていたり、中には、どこにでもあるファーストフードチェーン店のフライドポテトを十個買ってきて、いっぺんに食べるという、実にくだらないものまであった。

 行楽に関しても大層なものはなく、夜景しか見たことがないから東京タワーに昼間のぼるとか、サンシャイン60でマンボウをもっとしっかり見るとか、歌舞伎町で朝帰りするとか、一体どうしてそれを人生のグランドフィナーレまで持ち越してしまったのか、わざわざリストアップするほどのものなのか、理解に苦しむような、いつでもできる、どうでもいいことばかりだった。

 あとは、会いたい人に会うとか、早くに亡くなった共通の友人のお墓参りに行きたいとか、おじいちゃんのお墓参りに行くとか、真っ当なもの。他に、“中村の彼女を見てみたい”、なんていう、実に迷惑な項目も含まれていた。彼女にどう紹介すればいいのだ。

————「あ、紹介するね!これからこの子死ぬんだけど、私の親友!」?


 唯一、これは大きく出たな、と思えたものは、リストの最後に書かれた、“胸と背中にイレズミをする”という目標だった。
「何を彫ってもらうの?」
 彫り物が大好きな私は、その瞬間、美波ちゃんが死ぬ支度をしていることをほとんど忘れながら、弾んだ声で聞いた。

「字。」

 既に着手されている私の腕を掴んで袖を捲り、仕上げ途中の彫り物を指先で擦りながら、美波ちゃんは私の通っている彫り場を尋ねる。
 彫り物というのは飲食店のようなもので、流行りや人気もあるのだが、一人一人の好みで“いい先生”というのが違ってくる世界だ。あの人が好きだという人もいれば、あの人は下手だという人もいる。当人が納得しており、衛生面だけきちんとしていれば、どこを選ぼうが、それでいいのだ。

「何を彫りたいかによるから、必ずしも私の先生がいいってわけじゃないと思うよ。絵柄が好みで、衛生面がちゃんとしていれば誰でもいいんじゃないかな。」
 そう答えると美波ちゃんは、少し投げ遣りに、
「字だから、安ければなんでもいい。衛生とかも、その場で毒が回って死ぬとかじゃないじゃん?どうせ針の使い回しで肝炎とか感染症がー…ってことでしょ?近々死ぬのに、肝炎なんて、そんな細かいこと気にしないよ。」

 でももし、やっぱり、もっと生きたくなっちゃったらどうするの?———————————そう言いかけて、飲み込んだ。

「本当に文字が刻まれさえすればいいなら、雑誌で手頃な値段のショップを探せばいいよ。」

 後日、タトゥーの専門誌を届けると、待ち合わせた駅のホームのベンチに腰掛けて、ザッと誌面を確認したかと思えば、携帯電話を取り出し、すぐさま、神奈川県にあるタトゥーショップに予約の電話をかけた。

 初めてで緊張するから友人を同伴してもいいか、と尋ねたのが電話の向こうで承諾されたらしい時、美波ちゃんは靴のつま先で、正面に立っていた私の靴のつま先を軽く蹴った。私も軽く、つま先を蹴り返した。そうしたらまた、美波ちゃんは私のつま先を軽く蹴った。だから私はまた、軽く蹴り返した。

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「会えない日と同じでしょ」(2)

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noteは超不人気マンガ家(中村珍)が無職になったとき「自力でweb雑誌みたいなのやって描き続けよう」と思って始めました…が、存外にうまくいき、おかげ様で今は忙しいです。犬と、ゲームと、マンガ描くのが好きです。| https://ching.tv

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