増刊|コミック無責任&文芸たぶん

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ひとふで小説|12-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[XII]

ひとふで小説|12-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[XII]

これまでのお話:初回-I前回-XI|収録マガジン XII 生まれてこのかた見知った村人ばかりに囲まれて暮らした二人の村娘は、都会を過ごすにはいささか無防備な心を持っている。 「ご、ごめんなさい!」  先に口を開いたのはシオだった。大国の城下町で地べたに寝転ぶ姿を目撃される事がどれほど深い恥を我が身に与えるものか思い知りながら、すぐさま跳ね起きた。  ターレデも旅に軋む背中を慌てて起こし、何度も何度も頭を下げる。 「人通りの少ない路地の裏だったので、どなたも通らないかと…失礼

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ひとふで小説|11-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[XI]

ひとふで小説|11-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[XI]

これまでのお話:[I]〜[収録マガジン] XI 今この瞬間も、人の世の何処かは魔族と攻防している…ということなど、すっかり忘れてしまいそうなくらい賑わった城下町を歩きながらも、擦れ違う者たちが担ぐ物々しい武具が目に入ると、世界が災禍の真っ只中にあることに気づき直す。それでも所々の店から漂ってくる料理の匂いによって生命の躍動を感じるほど食欲を刺激されるのだから、人の体は世界の事情と、とことん関係がないのだろう。  二人は、嗅いだことのない香辛料に心惹かれていた。  ふと、こ

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ひとふで小説|10-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[X]

ひとふで小説|10-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[X]

前章:[I]〜[収録マガジン] X 遠い日の悪夢に魘されたのは久し振りだ。  相棒だった山耳犬と大巌猫を人魔に切り裂かれた十二歳の夕べを、思い出す。意識はぼんやりとしているのに、思い浮かぶ景色は鮮明だった。 「シオ、大丈夫?だいぶ魘されていたみたいだけど…。あの子たちが亡くなった日の夢を見たの?」  今年、二十歳になったシオが汗にぐっしょり濡れて飛び起きたのは、西の空が焼け始めた夕刻。  二十九歳になるターレデは二人分の料理を卓に並べ終えたところだった。依然として独身を貫い

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ひとふで小説|9-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[IX]

ひとふで小説|9-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[IX]

前章:[I]〜[収録マガジン] IX「ヴァンダレ様、いかがなご様子ですか?落ち着いて眠れそうですか?それとも、何か食べられますか?」  雪棉糸を平織りした大きな浴紗で体を拭いながらターレデが尋ねると、寝間着に袖を通しながらヴァンダレは答えた。少し迷ったようだったが、正直に。 「…穏やかでない一日を送ってしまったせいか、きつい眠気が訪れたとき無理に逃がしてしまったせいか、体がなかなか眠たがらないのです。私は、もうしばらく起きていても良いですか?ターレデ様がもうおやすみになるよ

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ひとふで小説|7-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[VII]

ひとふで小説|7-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[VII]

前章:[I]〜[収録マガジン] VII 心底、徹底して食を愉しむ主義なのか、或いは、単に口に合う食べ物が嬉しいのか。それとも、せっかく作ったターレデへの持て成しなのか、真意は分からなかったが、ヴァンダレの、どんなに真面目に話していても菓子を咀嚼するまでの間だけは顔が緩むところを、ターレデは既にひどく気に入っていた。  また一つ、ターレデが作った菓子を口にほうったヴァンダレは、小麦酒を含んでから説明を続ける。 「…ところで、剣門を創った者のことを、剣の道では“士祖”と言います

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ひとふで小説|6-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[VI]

ひとふで小説|6-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[VI]

前章:[I]〜[収録マガジン] VI ふと、サラは改まって礼を述べていないことを思い出し、ヴァンダレに深々と頭を下げ、村長に褒賞を出すよう進言したことを報告した。背後の炎が自分の影をヴァンダレに落としてしまい表情はよく見えなかったが、ヴァンダレは気さくな語り口で謙遜した。 「勝てたから、お礼を言って頂ける立場にあるだけです。負けていたら、皆さんを危ない目に遭わせてしまうところでした。礼には及びませんよ。剣を持つ者がやらねば誰がやるのです、当然のことをしたまでですから…。あな

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ひとふで小説|5-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[V]

ひとふで小説|5-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[V]

前章:[I]〜[収録マガジン] V 櫓の火が足元を照らしてくれるようになったので、三人は交代で安全な草叢に入り、用を足した。ヴァンダレは平気だったが、シオとターレデは闇夜に慣れず、人魔が現れて間もない村の周りの木立ちも恐ろしく感じられ、尿意を催してもなかなか言い出せずにいたのだ。人が居る、明るい場所では恥ずかしい。しかし、誰も居ない暗がりで済ますには恐ろしい。だから、炎がちょうど足元を照らしに届く程度が、ちょうど良かった。  それから三人は櫓の穴の火が届かない場所の土に葦茣

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ひとふで小説|4-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[IV]

ひとふで小説|4-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[IV]

前章:[I]〜[収録マガジン] IV「ヴァンダレ様は、どうして魔族を斃せるの?」  夕闇の奥で黙々と、無垢な亡骸のための火葬と墓につかう穴を掘りながら、シオは尋ねた。  胸の奥にくすぶる願いとヴァンダレに聞きたいことの本当の意味は「何故あなたは人魔を斃せるか」ではなかったが、シオはまだ己が何を求めて問い掛けたのか自覚的ではなかった。  ターレデは穴掘りを手伝いながら黙って聞いている。  ヴァンダレも片腕と足を使って出来る限りの事をしながら答えた。 「必ず斃せるかは分かりませ

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ひとふで小説|3-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[III]

ひとふで小説|3-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[III]

前章:[I][II]〜[収録マガジン] III  湯の波打つ音の合間を縫って遠くから人のざわめきが聞こえる気がしたかと思うと、母屋の戸が開く音がする。なんとも不躾な、宿屋の主人だろうか。考える間も無いうちに湯場に繋がる裏口の扉が開くと、勢いよく入ってきたのは従妹のシオだった。 「ターレデ!ターレデ、助けて!」  足を縺れさせながら駆け込んできたシオは一瞬だけヴァンダレの存在に怯んだが、そこから先は目もくれず湯場に浸かっているターレデの腕を自身も湯に濡れながら引いた。血の気

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ひとふで小説|2-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[II]

ひとふで小説|2-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[II]

前章:[I] II  二人が湯浴みする頃には陽がずいぶんと傾き、鮮やかに夕焼けしていた。風のない西の空で橙色に焼けた雲が有終の美をじっと待っている。冷えて澄んだ空気に混じって、近くからは虫の声や鳥の羽ばたき、峰々からはこの山に棲む獣たちの咆哮が聴こえてきた。地面に埋め込むようにして作った小さな湯場の周りには石畳が張られており、隙間の土からは緑の雑草がいくらか生えていたが、もう一息冷え込む頃には黄色く枯れてしまうことだろう。  湯場を囲う石垣の脇には、葦立草を干して編んだ

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