増刊|コミック無責任&文芸たぶん

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ひとふで小説|レンガイケッコン(9)

ひとふで小説|レンガイケッコン(9)

これまでのお話:(第1話)〜(収録マガジン) (9)  カン!とした、乾いたチリトリの落ちた音を、エントランスが幾重かに響かせる。  蓮本は持ってきた書き置き用のメモをくしゃくしゃにポケットへ突っ込みながら東之に駆け寄って、チリトリを拾ったついでに重そうなゴミ袋もやや強引に引き取った。 「あ、いいですいいです!汚いですよ!ごめんなさい!」 「だ、大丈夫ですか?痛かったですよね、今のは。転ばなくて良かったけど…」 「大丈夫です、すみません!あはは、もう。躓いちゃいました、不

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ひとふで小説|レンガイケッコン(8)

ひとふで小説|レンガイケッコン(8)

これまでのお話:(第1話)〜(収録マガジン) (8)  階段を下っただけだというのに、管理人室に戻った頃には結構息が上がっている。殺虫スプレーの入った戸棚に手を伸ばそうと屈んだ時には、ちょっと圧迫されて、はあはあと息が漏れてしまった。 (はあ、あったあった、良かった)  東之はスプレー缶をサッサッと上下に振って、中身の重さを確かめた。 (あるよね。良かった。ゴキブリ一匹やるぐらいなら充分かな。苦手じゃないって言ってたし)  掃除中は特にエレベーターは使わないようにしてい

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ひとふで小説|レンガイケッコン(7)

ひとふで小説|レンガイケッコン(7)

これまでのお話:(第1話)〜(収録マガジン) (7) 「わぁ…!!!!…か、管理人さん…。ごめんなさい、居ると思ってなかったから、びっくりしちゃいました。こんにちは!」  思わず驚いた声を上げてしまった非礼を蓮本が詫びると、東之は、 「いいええ。こんにちは」  と柔らかく微笑みながら軽く会釈して、すぐにそのまま清掃作業に戻った。真面目だと思う。 (管理人さん、偉いな。私なら立ち話を始めてしまう場面なのに…)  なんらかの企図は、よほど明確な意思を持って行うべきなのかもし

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ひとふで小説|レンガイケッコン(6)

ひとふで小説|レンガイケッコン(6)

これまでのお話:(第1話)〜(収録マガジン) (6)  世界を真っ二つに分けたとして、蓮本は虫が平気な人材側の所属であることを自負している。  あらゆる種類のムシが平気というわけではないし、興味や可愛いげを感じて愛でることもないが、それでも何の気無しに飼育できた程度には平気だ。  カブトムシ各種、クワガタムシ各種、テントウムシ各種、トンボ各種は幼少期に採集した成り行きで飼ったことがある。尤も、ここで言う「飼った」というのは本格的な昆虫愛好家のそれではなく「子供が想像力の

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ひとふで小説|レンガイケッコン(5)

ひとふで小説|レンガイケッコン(5)

これまでのお話:(第1話)〜(収録マガジン) (5)  自分に対してさえ『恋外結婚』を明確に定義づけることはできていなかったが、とにかく蓮本は、どうにか東之と親しくなれないかを考え続けている。  惰性で飲み続けた紅茶はもう三杯目、悩んでいる時の蓮本はいつもこうだった。1箱100杯299円。計算上は1杯約3円になるはずだが、同じティーバッグで淹れ続けたので紅茶の外箱に書かれた売り文句の計算は既に狂わされている。  蓮本は決して世に言う“ケチ”ではなかったが、こだわりが強かっ

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ひとふで小説|レンガイケッコン(4)

ひとふで小説|レンガイケッコン(4)

これまでのお話:(第1話)〜(収録マガジン) (4)  起き抜けの紅茶を啜りながら、蓮本は考え込んでいた。大問題は、“どう『結婚』を申し込むか” である。よくは知らない相手に、唐突に、しかも同性が。  きっと「女同士の話」と言っても異なる意味で取られるに違いないので、異性同士で言うところの「男女のこと」というのを、同性の場合は一体、どのように一言で、どのようにニュアンスごと表せばいいのか、蓮本には分からなかったが、とにかく恋や愛や結婚にまつわることで異性同士に起きても難し

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ひとふで小説|レンガイケッコン(3)

ひとふで小説|レンガイケッコン(3)

これまでのお話:(1)(2) (3)  昨晩、翌日の打ち合わせに備えて早寝するつもりだった蓮本のスマートフォンが、寝る支度を始めた頃に通知を鳴らしたので、仕事の用件か、一度「おやすみ」のメッセージを交わして寝たはずの彼が起きたのかと思って開いたら、電子書店のアプリが放った「読書ポイントの有効期限があと半日で切れます」というアラートだった。  ポイントなんかすっかり忘れていたくらいだから知らぬ間に失効していればどうでもよかったのに、「消えて無くなります」と知らされれば、なん

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ひとふで小説|レンガイケッコン(2)

ひとふで小説|レンガイケッコン(2)

これまでのお話:(1) (2)  いつもどおりに会釈して通過すると思った相手が管理人室の小窓に近づいてきたのは、会釈だけの関係が四ヶ月ほど続いたある昼下がりだった。抹茶色の紙袋を持って近づいてきた蓮本は、 「あのー…、和菓子、お好きですか…。餡子なんですけど…」 と、紙袋を持った左手を心臓あたりの高さに擡げて苦味のある笑顔で軽く頭を下げた。あいにく餡子が苦手な東之は、あー…と言いながら少しの間、逡巡して、 「き、嫌い…なん…です…」 と、軽く頭を下げ返した。  餡子好きに

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ひとふで小説|レンガイケッコン(1)

ひとふで小説|レンガイケッコン(1)

(1) 「恋愛を結婚と繋げよう、というのがそもそも無理があるんじゃないかと思ったんですよね」  壇上で話す女性は、気位の高そうな仕立てのいいジャケットを、しゃきっと着こなしている。羽織っている、でもないし、着ている、でもない。しゃきっと着こなしている。  柔らかな髪が肩にもたれながら胸元に落ち、鎖骨のところどころを隠していた。時折体勢を変えると、そのたび首元のネックレスが照明にキラキラと反射する。  前職は自動車整備士だったと著者プロフィールには書かれていた。自身の恋愛体験

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